建築とお金のはなし

ある建築家は言った。

「建築はお金と時間をかけるほどよくなる」と。

 

この建設難の時代に、お金をかけることは難しくなってきている。

31年ぶりに政策金利が1%に引き上げられた。建築費の高騰に加え、住宅ローンの負担も少しずつ重くなっている。

今後ますます住宅を建てるのが難しくなっていくのだろう。

 

私は常々、普通の人の普通の家を設計したいと思っている。

建築家や設計事務所というと、どうしてもお金に余裕のある人が頼むイメージが定着しているように思う。

確かにお金と時間を十分にかけた建築には、その価値がある。しかしそうした仕事はスター建築家たちに任せたいと思う。

私は普通の建築士として、お金のない中で何ができるのか、もう少し考えてみたい。

 

戦後の資材難の時代には、気鋭の建築家たちが限られた資材とお金で「最小限住居」をつくった。

増沢洵「9坪ハウス」、清家清「私の家」、東孝光「塔の家」などが有名だ。

 

今の時代にも小規模化は有効であろう。

家を小さくすることは、単なる節約ではない。限られた広さの中で、本当に必要なものを見極める行為でもある。

 

戦後は物理的に物が無い時代だったが、今はテクノロジーの進化によって物が減る、或いは小型化してきたことが強みとなる。

例えば、テレビをプロジェクターやタブレットに変えることで、住宅はもっと自由になる。

一昔前のリビングはテレビに支配されていた。テレビの位置によって、ソファーの位置が決まり、窓の位置が決まり、多くの空間を支配される。

そうした物の束縛から解放されることで、小さくても多様な住まい方の可能性を探れると考えている。

 

建築とお金は切っても切り離せない、どうしようもない現実がある。

特に最近はお金の話しばかりになってしまい、自分でも何の仕事をしているのか見失う時がある。

 

しかし、建築を建てるということは、その先の未来を確実に変えていくことだ。その建築は未来を明るく照らすものでなくてはならない。

だからこそ、お金がない時代の建築を、もう少し考えてみたいと思う。

書いたひと

宇賀神 亮