家の窓、街の窓

 

あなたの家の窓からは、何が見えますか?

 

家の設計をするとき、私たち設計者が最も気を遣う部分の一つが「窓」です。

光を取り込む窓、風を通す窓、風景を切り取る窓。

窓と一言で言っても、その役割はさまざまです。

 

目的が違えば、大きさも、位置も、開き方も変わってきます。

窓を計画するとき、アトリエルルには、一つだけルールがあります。

 

それは、「カーテンウォールにしないこと」です。

 

カーテンを閉め切った窓は、やがて「カーテンでできた壁」のように見えてきます。

通りに面して大きな窓を設ければ、カーテンが閉めっぱなしになるのは無理もありません。

そんな家ばかりが並んでいる街は、どこか息苦しく感じないでしょうか。

 

カーテンウォールを避けるためには、建物の配置、窓の向きや大きさ、平面・立面のバランス、周囲(道や隣家)との距離感などを、総合的に計画する必要があります。

窓を「開ける」という行為は、実はとても難しいことなのです。

裏を返せば、窓を見れば、設計者の力量が分かるとも言えます。

 

そして、建築の難しさは、個人の問題だけでは完結しないところにあります。

あなたの「家の窓」は、同時に、みんなの「街の窓」でもあるのです。

その窓越しに映し出される暮らしは、街の風景の一部になります。

だからこそ、窓は、内側からどう見えるかだけでなく、外側からどう見えるのかも、丁寧に考えなければなりません。

 

最も簡単な解決方法は、家のまわりを高い塀で囲ってしまうことです。

しかし、それでは「家の窓」としては良くても、街に対して開かれた「街の窓」とは言えません。

建築家の芦原義信は、著書『街並みの美学』のなかで、塀ばかりが並ぶ街のようすを「塀害」と表現しましたが、少なくとも、良い街並みをつくる態度とは言い難いものです。

 

ではどうするのか。

答えは、敷地の数だけあります。

その場所と向き合い、住まう人のこと、そして街のことを考えて設計すれば、答えはおのずと見えてくるものだと思います。

 

少々、突き放す形になってしまいましたが、春の陽気のなか、窓でも眺めながら街を散歩してみるのはいかがでしょう?

 

 

“窓には人生がある。明るい窓には、明るい表情がある。

淋しい窓のつづく淋しい街を通ってゆくと、むこうから淋しさがやってくる。

窓のかたち。窓のたたずまい。窓の表情。窓にひそむ気配。

そんな窓の一つ一つに、その街にしかないような街の雰囲気がある。”

 

『私の好きな孤独』長田弘 

 

 

※カーテンウォールとは本来、構造的な耐力を負担しない金属板やガラスの外壁のことを指します。

書いたひと

宇賀神 亮